みなさん、「3ない運動」が既に全国の高校から撤廃されているのをご存知でしょうか?
実は、2015年7月1日付で教育庁から全国の高等学校の校長宛に、昭和57年度指導基準の廃止が通達され、これによって「3ない運動」は終わっているのです。
だいぶ緩和は見られるとはいえ、裁量が学校長に任されたこともあり、依然として多くの学校では生徒のバイクに乗ることや免許取得が禁止されています。
しかし今、「3ない運動」は完全撤廃に向け、官・民が一体となり、具体的な方策を模索しながら加速しているところなんです。
筆者にとっても「3ない」は30年追い続けたテーマ。
今回は、先日前橋で行われたバイクラブフォーラムを取材し、「脱・3ない」のダイナミックな動きをお伝えしようと思います。
目次
そもそも「3ない」という奴は…
既に総合的な結果が証明されているように、「3ない運動」は「臭いものには蓋」あるいは「寝た子を起こすな」という対処療法でしかありません。
そもそもいわゆる「3ない運動」とは、暴走族の過激化や若年層の事故増加を背景に、昭和57年1月に制定された「高校生の二輪車利用に関する指導基準」というのがご本名。
制定の目的は「高校3年間の安全を守り、生徒の人生を守ること」だと言われています。
しかし、結果的にその論法は「安全を守る」という視点から次第に遠ざかっていき、「バイク=反社会的」÷「バイク=退学」という方程式のもとに運用される傾向にありました。
「3ない」の最も大きな功罪は高校生活3年間だけでなく、卒業後の社会生活までを深く考察しなかった点です。
全国的に2輪4輪ともに高い率で発生する初心者事故、それは「3ない」によって交通道徳の習得、強いて言えば生活技術の習得の機会を強制的に放棄させた結果ともいわれています。
各県でも管理教育の鎮静化と共にこうした事実に目が向けられ、最近では各県の教育委員会も「3ない」の強制力を弱めました。
「マナーアップ運動」の開始など、事実に根差した方針作りを模索する動きが見られるようになったのもその表れでしょう。
つまり、臭いものは蓋をして放っておいたら臭いまま、寝た子は寝たままになることにようやく世の中が気づき始めたわけですね。
今回取りあげる「群馬県交通安全条例」は、まさにそうした事実の反省に立った具体的指針を条例として制定した、全国の先駆けとなるものです。
「脱・3ない」のその先をつくる
2017年9月16日、群馬県前橋市において「第5回 バイクラブフォ―ラム(BLF)」が行われまました。
会場がなぜ群馬だったのか
BLFはこれまで浜松・兵庫・熊本など、バイク生産にゆかりのある都市で行われてきましたが、今回はバイク産業の拠点がない群馬県前橋市での開催。
これは群馬県において、県民に対する交通安全教育の実地を条例という形で盛り込んだ「群馬県交通安全条例」が2106年12月に施行されたのを受けてのことでした。
今回のフォーラムはこうした人々が各々の立場で「群馬県交通安全条例」を「3ない運動」を撤廃後の参照モデルとするケーススタディーの場となりました。
会場はダークスーツの方々が大半のこの上なくフォーマルな雰囲気。
当然この日はバイクメーカーの幹部職の方々や、バイクに関わる多くの職種の方々もご臨席でしたが、そこには国土交通省や経済産業省の自動車部局の方々、それに知事や市長はじめ行政首長や県警上部職、さらに県教育委員会の方々らが駆けつけていました。
バイクで取材に行った都合上、TシャツGパンの軽装で行ってしまった自分を後悔した筆者でした。(ドレスコードはなかったですが…)
群馬県交通安全条例とは
この群馬県交通安全条例は3ない撤廃後の具体策の先駆けとして、各方面から非常に注目されています。
その一番の理由としてはやはり、教育委員会が「バイクに生徒を乗せて教える」形で講習会を主催するという、全国的に画期的な具体策を盛り込んだことにあるでしょう。
「乗せて教える」ということはもちろんですが、注目されるべきはこの条例の目的が単に高校生の運転技能を向上させることだけではない点です。
具体的には、幼少期から学校等の教育現場において、子どもたちの発達段階に応じた交通安全教育の充実に努め、車社会にふさわしい道徳観を育くんでいこうとしているのが特徴。
条例の趣旨が、高校3年間だけの安全ではなく、生徒たちを交通社会の一員として育てていくことに主眼が置かれている内容は特筆的です。
「3ない」から群馬県交通安全条例に向けた取り組み
フォーラムの中では、条例の制定に深く関わってこられた須藤昭雄 群馬県議員 による講演が行われ、群馬県が「3ない運動」を脱却するきっかけとプロセスについて説明されました。
群馬県でもこれまでは「3ない運動」を遵守されていたそうです。
しかし、1989年から2013年までの24年間、2輪4輪共に初心者の事故率が全国のワースト1位から落ちることがなく、さらには中高生の自転車事故も多く発生するという状況が続きます。
こうした事実を分析する中で、「3ない運動」の事故抑止効果に対しては疑問視せざるを得ない状況になったのだと言います。
高校3年間を考えれば、元を断つというやり方でいいのかもしれない。
けれど、このワースト記録が続く現状は、交通教育を置き去りにした結果ではないか?
という疑問から、2014年3月に群馬県は「交通安全対策特別委員会」を設置し、交通安全条例制定の準備に着手。
交通安全環境の整備や交通安全思想の啓発啓蒙を行政と民間一体となって行い、審査する仕組みが造られます。
当時、須藤県議が県の教育長に対し、保護者を対象に「3ない運動」必要の是非をアンケートすることを申し入れた際、
「3ないを辞めろなんて言う親は一人もいませんよ」とあしらわれたそうです。
しかし実際にアンケートを取ってみると
参考元;須藤昭雄 県会議員 講演資料より
「一人もいない」ということはなく、実に4人に一人は生徒にバイク、そして免許取得が必要と考えているという結果が明らかになりました。
筆者としては多数意見より少数意見に耳を傾けた点が素晴らしいと思います。
元々群馬県では山沿いの地域において、駅やバス停等まで自宅から6㎞以上ある生徒については原付等での通学を認めてきたのだそうです。
しかし、実際に6kmに満たなくとも、公共交通にアクセルするまでがまで4~5㎞ある通学を毎日するは大変ことだというのが想像できます。
アンケートの結果は、「3ない運動」による原則規制は彼らにとって負担になり、地域格差を生んでいる実態が浮き彫りになりました。
こうした状況下にある生徒の保護者らが2輪車利用に関する規制緩和を望んでいるのが分かったのです
これを受けて県は、高止まりを続ける初心者事故率に対策を講じながら、さらに地域性による格差是正に対応する必要性にも迫られることとなりました。
そこから、高校生とバイクの関係のみならず、全県に渡ってモビリティーを必要とする県の地域特性への対応として、モビリティーの安全利用に向けた検証が行われます。
その結果、単にモビリティーから遠ざけていた教育の方針を改め、交通社会に参加することを前提とした積極的な活動を含む教育へと転換がなされていきました。
具体的な内容として、児童・生徒・教員・高齢者それぞれに向けた交通安全教室や講習会の実施を含む具体的なアクションプログラム(群馬県交通安全教育アクション・プログラム)が組まれます。
このなかで、学校現場において児童の発達に応じた交通安全教育が行われることとなり、高等学校においては原付スクーターを使った乗車講習も行われるようになりました。
「群馬県交通安全条例」はこうした着実なプロセスをもって、2014年12月に県議会の全会一致で成立・施行される運びとなったのです。
さらに「群馬県交通安全教育条例」は制定を検証する仕組みもつくられ、効果のリサーチもなされています。
それによると、各学校の利用基準が緩和された結果、
参考元;須藤昭雄 県会議員 講演資料より
二輪車(原付)では24%、自動車免許を取得するために教習所に入所した人の数も57%の上昇。
ワーストに高止まりしていた初心者事故率も2位以下に減少。
つまり、運転免許を取る人が大幅に増えたにもかかわらず、事故率を下げることに成功したのです。
このように群馬県交通安全条例施行へのプロセスが有効に作用しました。
それは、「3ない」から積極的な安全教育への転換こそが、将来にわたって児童生徒の安全を守ることをにつながること証明したものと言えます。
バイク商店主たちが地域を動かした
須藤県議の講演会に続いて、パネルディスカッションが行われました。
この中で、神奈川県横須賀市でのバイク商店主さんた達の取り組みを紹介された横須賀二輪安全普及協会の藤井正一氏のお話しに注目が集まります。
横須賀のバイク商店主さんたちが協働してバイクシェアの仕組みを作ったことをきっかけに、「商店主が集まって地域に仕組みを作ることができないか?」と考えるようになったそうです。
これは「せっかくバイクに乗り始めるのなら安全にいつまでも楽しんでほしい」という願いから。
やがてこの熱意は、バイクを購入した高校生に対して安全講習を行う仕組みをつくることにつながっていきます。
講習会開催の為、横須賀のバイク店主さんたちはなんと全員、安全運転指導者講習を受けて指導者資格を持っているのだそうです。
更にこれが、各店ごとにスケジュールを調整して持ち回りで活動していくうち、教習所からも講習の依頼を受け、さらには教育委員会も関わる形になっていきます。
そして今では横須賀市の高校生がバイク免許を取得する際、この講習の受講が必須で、学校も免許保有生徒の講習受講の有無を把握できるような仕組みにまで発展しているそうです。
高校生がより安全にバイクを利用できる条件を地域ぐるみでつくっていくこの方法は具体性が高く、「3ない撤廃後の具体例」として大きな関心が寄せられていました。
しかし、指導を担当する皆さんもお店の都合がネックになるうえ、安定した指導者の確保も年々難しい。
これが運用上の課題になっていると言います。
どうする「3ない保守県」埼玉?
今回注目されたのは、埼玉県教育委員会がフォーラムに出席し、このパネルディスカッションに参加したことです。
埼玉では今でも「高校生にバイクは不要」というビラを入学説明会などで配り、全国的な撤廃後も「3ない」を積極的に堅持しいることで知られています。
そんな埼玉県教委の参加に「朝まで生テレビ」の口論を想像した筆者でしたが、意外に前向きな姿勢に驚かされました。
それによると、
- 群馬同様に埼玉にも狭山地域など、公共交通に頼るのが難しい地域で、生徒のモビリティー利用を渇望する声があること
- 管理教育からの転換がはかられ、「生徒の自主自立」基調とする中で、「3ない」は生徒が「自ら選らんで考える力の育成」を阻害するという懸念があること
- 「3ない」下においても規則に反し、隠れて免許を取る生徒の事故も問題となっていること
これらによって、今後これまで通り「3ない」を継続運用するのが難しい状況であると話していました。
真っ向から対立するのかと思いましたがこれは「賢察」という言葉を使ってもいいかもしれませんね。
結局のところ、群馬や横須賀の例も検討していきたいということですが、具体策を得るには課題があると言います。
つまりそれは、「指導者をどう確保するか」ということ。
先生もライダーばかりではない中で、生徒への交通安全指導を外部の方にアウトソーシングでお願いする方向を模索しているそうです。
今後は指導者不足が課題
県や市で多少の違いはありますが、今後「脱・3ない」は安全教育をしていく方向性で一致しているようです。
このパネルディスカッションで、その具体的な方法が見えてきたように思います。
つまり、バイクに乗りたい生徒に対しては教習所の講習等のほかに、学校が所管する形で実技を含む講習を受けてもらい、これを必須としてバイク乗車を認めていくという方向。
しかしどの方向性を辿ったとしても、学校が自前で指導者を確保するのは難しいようです。
今回のディスカッションにはから作田裕樹氏がお話をされ、これまで行われた高校生向けに開催した交通安全講習の内容等についてお話をされていました。
二普協では若年層を含む様々な年代に対応できるオリジナルの教則本や法令集、免許関連書籍などを持っていて、指導ノウハウが高いレベルで整っています。
このことから、他県でも日本二輪車普及協会(二普協)に依頼するかたちで実技を含む高校生向けの講習会が実施されているそうです。
しかし、全体的に交通安全指導員さんも年々高齢化が進み、後身の育成が課題だと言います。
筆者もチャンスがあれば日本の交通の質を末永く高めるためにも、より若い層の指導者育成に協力したいと思います。
「3ない運動」と筆者の関係
このフォーラムは筆者にとって心待ちにしていたものでした。
というのも、筆者の大学卒業論文は「オートバイと高校生」という表題。
ちなみに、これを書いたのは1991年の冬。
改めて読んでみると恥ずかしい部分だらけなんですが、言いたかったことは今でもぶれていないことに気づきます。
「バイク=暴走族ではない」
「3ない運動は一種の道徳教育の放棄」
「3ない運動と、初心事故の増加には関連性がある」
(その他にも、なんだかんだと幾つも付け加えるところもありましたね…)
そういう規制を恥ずかしげもなく声高に言う教師たちの話を聞くにつけ、「人の思考に行政がコミットするって恐ろしいな」と当時から思っていました。
生徒の安全を守ろうという目的は理解できるものの、「規制が独り歩きしていないか?」ということを強く感じていたんです。
筆者はその後、児童養護施設の指導員として働き始め、担当した高校生の入学説明会で聞いた「3ない運動へのご協力」という説明にこぶしを強く握ったのを今も覚えています。
その学校の生活指導教員がの給うたのは、
「そもそもバイクは不健全であり、そういうものに興味を持つ素行の悪さを断じていく。」
「この方針に反対ならば入学を許可しない」
要約するとそういう内容だったんです。
少なく見積もっても「危険から身を守るために高校生活を送る上では、別段の必要性を認めない限りこれを禁止する」というのが、禁止の方法としても最低限のものだと筆者は思います。
こうして高校で同様の説明で、「バイクは不健全」という考え方をお仕着せて本質から遠ざけるやり方は、教育の放棄である以外何ものでもありません。
恥ずかしながら、ちょっと卒論の中身をお見せしますとこの中には「交通安全白書平成3年版P19」から抜粋した「若者の状態別交通事故死者の推移」というグラフがあります。
16歳から24歳の若者の事故は3ない運動が始まった昭和57年以降も増え続け、昭和63年からは自動二輪事故は減少したものの、入れ替わるように4輪の事故が増えていたんです。
当時の筆者が気づいたのは、運転の本質が「他者への配慮」だということ。
つまり何を運転しようが、その人の心が交通社会にふさわしい形で育っていないことにはどうしようもないわけですよね。
2輪は不良の乗り物だからといって避けたとしても、高校を卒業後に「後は知りません」ということになっているのがこの結果ではないのか?
今から26年も前にそんなことを思っていたわけです。
理解を得るというハードル(まとめ)
こうして26年前、筆者はお蔵入りの卒論の中で「3ない運動は初心者事故を増やしているおり、改善には交通道徳教育が必要だ」と訴えていたのです。
それが今日、バイクフォーラムにおいてバイクに関わる重要な方々の会合で具体的に前進する案が検討されているのを知り、驚きと共に大きな感銘を受けました。
しかし今、残念なことに「3ない運動の撤廃」と聞いてそれを受け入れる人は圧倒的に少ないと思います。
ネット上によくみられるのは「バイク業界が儲けたいだけだろぉ?」的なもの。
しかし、今回ご臨席賜った国土交通省や経済産業省の自動車部局の方々にして、バイクを「世界に冠たるメイドインジャパンの騎手として、さらなる需要拡大をめざしたい!」とおっしゃっていました。
さらに、開催地である群馬県や前橋市の観光部局もそれぞれの「ゆるキャラ」を繰り出して、バイクツーリングを観光に結び付けたいとアピールしていました。
このフォーラムの内容つまりバイクと若者との健全なかかわりをつくることは、バイクの市場活性化や地域振興の面からも期待されているのです。
バイク業界は産業ですから儲けたいのは当たり前じゃないですか。
「儲けたいだけだろう…」その程度の見方は、その程度の人の見方でしかありません。
フォーラムの終盤、ヤマハ発動機の柳 裕之社長が登壇され、しっかりとお話をされました。
「これまで(フォーラムで)議論された内容はすべて、お客様のお命をお守りするというお話です。」
「私たちは毎日バイクを造っていますが、これを安全に楽しんでいただくことに最善を尽くさなければなりません。」
「お客様のお命を大切に考えるとこが、バイクの市場を健全で豊かなものに育てることなのです。」
「バイクは売って儲かれば終わりではない!」
↑ ※社章をお示しするために失礼をお断り申し上げた上で着帽しています。
バイク業界の真の声を述べられた柳社長に感激し、不躾にも握手を求めてしまいました。
その手は実にしなやかで、柔らかく、実に温かみのある手でした。
業界の思いを無駄にすることのないよう、エンドユーザーの皆さんも一層安全に対して気を引き締めていきましょう。
柳 社長、大切なお話をありがとうございました。
関連サイト
バイクラブフォーラム公式ページ http://www.bikeloveforum.jp/
群馬県交通安全条例について(群馬県公式ページ)http://www.pref.gunma.jp/04/h2100121.html