「2050年カーボンニュートラル問題」は自動車業界への無茶振り?もっと違う切り口があるはずだ!

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カーボンニュートラル社会の実現、2輪はどうする?

昨年12月3日、「政府は2050年までにカーボンニュートラル社会を実現させることを決定し、2030年代には内燃機のみを動力とする乗り物の販売を禁止する意向だ」という報道があり、自動車業界に激震を与えました。

そもそも「カーボンニュートラルって何?」という方のためにお伝えしますと、これは人々が生活する中で排出する二酸化炭素の量が、地球が吸収できる二酸化炭素の量を超えないようにする、つまり̟+-0にしようという取り組みのことです。

これに対し、日本自動車工業会会長を務めるトヨタ自動車の豊田章男社長が同月17日にオンライン会見を開き、「カーボンニュートラル=ガソリン車禁止」という表面的な捉え方を政府やマスコミに問いただし、「エコロジーの本質」について襟を正して考えるよう社会に一石を投じました。

章男社長はこの会見はEVにすんなり移行するのが難しいものとして2輪を擁護する発言もされていますが、こうした報道で世の中的にはどうしても「クルマ」が主語になるりがち。

そこで今回は、バイクを主語に据えながらカーボンニュートラルを別の観点から考えていこうと思います。



章男社長が苦言 EV≠カーボンニュートラル

レーサー「モリゾー」として、多くのモーターファンから親しまれる章男社長。

2018年の8月19日のバイクの日には東京・秋葉原で開かれたイベント「バイクの日スマイル・オン2018」で自らバイクにまたがり、「自らが動くことで注目を集め、バイクに情熱を傾けている多くの方々をプロモートし、楽しさを知ってもらうことが大事」といって笑顔を見せ、私たちライダーからも親しまれている日本の乗り物づくりのリーダーです。

既に報道で冒頭の会見内容をご存知の方も多いことと思いますが、まだ内容を知らないという方はこの機会に是非この動画で章男社長の怒りにも似た決意をしっかりとチェックしていただきたいと思います。

テレ東ニュースWEB版より参照

章男社長は会見の中で「これまで内燃機車も相当に排ガスをクリーンなものにしてきたので、今後の脱炭素社会の実現のため、自動車業界は積極的にチャレンジする」と述べながら、

  1. 既に内燃機車のCO2排出量は相当な技術努力のよりかつてのものと比較すると格段に少なくなっていることは社会的に認識されるべき事実である。
  2. EV車は工場での完成検査の折には充放電の試験を行うことになるが、EV車1台につき一般家庭の約一週間分の電力を必要となるため、生産過程の電力量は膨大なものになる。
  3. 加えて現存する乗用車約400万台をEV化すると夏の電力ピーク時には間違いなく電力不足になる。
  4. これを賄おうとするならば、必要な電力は現在のおよそ30倍になり、原発を10基、火力発電なら20基新設する必要があることがわかった。
  5. そのうえ、EV化すればパーツの在り方も変わりその生産・供給に携わってきた多くの人々が職を失うことにもなる。
  6. 政府はこうしたことを理解したうえで政策を打ち出しているのか?
  7. ガソリン車さえなくなればクリーンでカーボンニュートラルとはモビリティーのEV化のことであるかのように書き立てるマスコミの在り方はいかがなものか?
  8. 自動車業界はHV(ハイブリット)やFCV(水素などの燃料電池車)も含め、カーボンニュートラル社会の実現に協力していく考えだが、これは単にイメージを打ち出すのではなく具体的なところまで掘り下げた政策が必要だ。

ということについて主張されました。

つまり、EV化をしないと言っているわけではなく、「技術的にそれはそれで懸命に取り組んでいるけれど、その先何が起きるかちゃんと予測して政府には政策を立て欲しいし、マスコミには対立軸の報道で世の中をミスリードしないで欲しい」と苦言を呈したうえで、「モビリティーのEV化さえ果たされれば地球が救われるといった安易な風潮ではカーボンニュートラル社会は実現しないんだよ」とド直球な正論をもって警鐘を鳴らしたわけですね。

車の場合は章男社長がおっしゃるように、HVも普及していてその先FCVも実用化され、その実用範囲を広めようとしているところ。

最近ではトヨタ製のFCV路線バスも走り始めています。

しかし二輪はというと、現在HVはホンダPCX eHEVの1車種のみ。

しかもこれはあくまでスタートダッシュを助ける補助的なものにとどまり、車のHVとは異なる概念のHVです

また現状から考えれば、今から10年~15年ほどで二輪FCVが登場するとは考えにくく、EVについても現在のバイクと同じように利用するには課題が山積みです。

バイクの場合はそればかりか、新たな環境規制が課されるたびに、これまで長く親しまれてきた車種がどんどん廃盤になるという4輪以上にやるせない現状。

これについて、地球温暖化の責任を排気量の小さなバイクにまで負わせ続けていることに疑問を持っている2輪ユーザーはよもや私だけではないでしょう。

「二輪・軽自動車・大型自動車・乗用車の業界が一丸となって、難しいけれどもカーボンニュートラル社会に向けてチェレンジするというのは全会一致で決まったところ、ただそれが決して簡単ではないということをどうか理解して欲しい。」

日本のモノづくり、ひいてはの本という国の未来を背負って発言する章男社長の会見。

私は「よくぞ言ってくださいました!」と感銘を受けているところです。



現状、EV2輪ってどんな感じなの?

私はかつて、EVのPCXエレクトリック(Honda)とe-Vinoに試乗させていただき、「EVの今」をレポートしたことがあります。

例えばPCXエレクトリックの場合、走行は快適そのもの。

一般のPCXよりも延長されたホイールベースのおかげで、乗り味は非常に安定感のあるもので、丘陵地帯の全開走行にもの応じせずに無音でスイスイ風を切っていく感覚は、まるで忍者の背中に乗っているかのようで、とても心地よく、またとても不思議なものでした。

現段階のEV2輪が克服すべき課題

ただ、EV2輪はようやく実用レベルに達したという段階。

克服しなければならない課題はやはり充電と航続距離の問題です。

例えば、ヤマハのe-Vinoの場合、バッテリーは3時間の充電で実質片道13・4㎞程度の移動にしか対応できず、法定速度30km/hを出すのがやっと。

(※メーカーによる30km/h 定地走行テスト値で一充電当たりの走行可能距離は29㎞)

加えて、ロードバイク(自転車)で上がっていける坂道ですら失速→停車してしまうほどの非力さゆえ、丘陵地帯に住む私の足としては決して褒められる乗り物ではありませんでした。

その点、HondaのPCXエレクトリックは坂道にも強く、乗り味も快適で片道30㎞程の移動に対応できるのですが、この往復でフル充電に6時間を要するバッテリー2本を使い切るため、現状ツーリングはまず無理ですね。

(※メーカーによる60km/h定地走行テスト値の走行可能距離は一充電あたり41㎞。後発のBenry:eではフル充電にかかる時間が4時間に短縮されるなど改善されています。)

その上、バッテリーは10㎏×2個。

フロア部には100vケーブルが格納されているので、駐輪場に電源があればそれを使って充電することも可能ですが、集合住宅などで駐輪場に電源がない場合、この重たいバッテリーを毎回上階の部屋に運び入れるのはなかなか大変です。

さらに、自宅でバッテリーを充電すると、

充電時には複数の電子レンジを並べて使っているような、グヲ~ンという低音がずっと部屋に響くため、この撮影時も「この音なんとかならないの?」と家族から大ブーイング。

恐らくワンルームにお住いの方が寝る前に充電して…というのは難しいでしょうね。

こうした問題を一挙に解決する方法として考えられているのが、充電済みバッテリーと交換できるバッテリー交換ステーションの整備です。

ヤマハ発動機が提携している台湾メーカーGOGORO社のバッテリー交換スタンド

台湾などのアジア圏ではこのインフラ整備も進んでいつと聞いていますが、日本では一昨年前から国内4社がコンソーシアムを組んで、バッテリーやシステムの統一規格を確立しようと研究・開発を進めているところ。

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やっぱり、バイクがEVになったらツマラナイんじゃない?

例えば、私が一番最初に手にしたソニー製のデジタルカメラはフロッピーディスクに15枚の写真が記録できるというものでした。

今でこそ聞くと笑ってしまう話ですが、当時も逆に「フィルムに映像を収める(普通の)カメラの方がいいに決まっている」と滑稽がられたものです

つまり、その時点の常識で「ムリだ」と嘲笑することには何の意味も無いということ。

先述したEVの課題についても、やがて過去の笑い話になるはずだと私は考えています。

その中で、ご紹介したいのが2018年のEICMA(ミラノ国際モーターサイクルショー)で台湾メーカーのKYMCO(キムコ)が出品した、EVスーパースポーツ「SUPER NEX」。


KYMCOの「SUPER NEX」

翌年の東京モーターサイクルショーでも披露されて話題になりましたね。

このマシンは「バイクがEVになったらツマラナイ」という批評に真っ向から向き合ったコンセプトモデル。

モーターサイクルを操る愉しみとエキゾースト音からくるライダーの高揚感を最大限に楽しめるよう、なんとEVなのに6速ミッションと音響発生装置を備えているのがユニークです。

さらに、0-100km/h を2.9秒、0-200km/hを7.5秒、さらに0-250km/hは10.9秒という圧倒的な加速性能を持っていると言いますからこのスペックも驚きですね。

要するに「内燃機車の楽しさをEVの中に残すことはなんとかできるんだゾ」という技術的な提示でもあるわけで、こうしたEVの方向性に期待しながら今後も見守っていきたいと思いますね。

また、ちょうど政府の方針が報道された昨年12月3日に日本仕様がお披露目されたハーレーダビッドソンが初の完全EVバイク「ライヴワイヤー」も、「ハーレとしてどうなの?」という話しも聞こえてくるわけですが、

実車は各部の造りもよく、発表の場となった神田明神では、その姿に多くのハーレーファンが足を止めて見入っていたのもまた印象的でした。

関連記事;「ハーレーダビッドソン初の電動バイク「ライヴワイヤー」日本上陸!EV時代はもうそこにある」

ただ、満を持して発売された価格は3,493,600円(税込み)と高額。

SUPER NEXも未だ発売には至っていないのですが、「環境にやさしくてお財布には厳しいバイク」である可能性が大きいと予想されています。

2輪に課される「4輪以上に高いハードル」

バイクとカーボンニュートラルについて、自工会副会長を務めるヤマハ発動機の日髙 祥博社長は12月14日、報道各社のグループインタビューに応じ、

「ヤマハのバイクの全電動化は技術的には可能だが、それを顧客が欲しいかは別問題」と仰っていました。

つまり、作れるのかと言われればプロトタイプくらいのものはできるけれど、重たいバッテリーを積んだEVバイクに今までのバイクと同じようにするのは課題が多い、仮にその課題を克服したとしても相当に高価なものになることが予想されるので、

「電動化は技術的にできないわけではなが、ユーザー視点を無視するわけにはいかない」

というわけです。

「求められる性能と求められる価格とのバランス」

これが2輪におけるEV化やカーボンニュートラルへの技術的な対応の中で最大の課題であり、その道のりは4輪以上にハードなものでしょうね。


そもそも、モビリティへの規制だけがカーボンニュートラルではないはず

環境規制強化の度に、惜しまれつつもどんどんラインナップから消えていくバイクたち。

その現状について打つ手はないのかと、かつてホンダR&Dのエンジニアの方にお話を伺ったことがあります。

お話によると…、

「大抵の技術屋は『できない』という言葉が大嫌いな性分で、『必ず形にするぞ』という気概を常に持っているものです。

ところが役所は上から(新たに厳しい環境基準を)持ってやってきて、こちらがちょっとでも難しそうな顔をすれば『わかった、できないのね?』なんて言ってくる。

だから我々は『そんなことあるもんか、できるよ!』と突っぱねて商品にして見せるのですが、これまでの発展はそういうことの繰り返し。

今後はクルマの自動運転化のこともあり、バイクが社会から排除されないように共存できる技術開発に努力を続けている」と仰っていました。

関連記事:バイクもそのうち全自動?ホンダ二輪上席研究員に聴いたバイクの未来像とは

つまりエンジニアの皆さんは立ち向かうことに使命感を持っていらっしゃるわけで、これは頭が下がりますね

そんな話を聞いているせいでしょうか、政府の方も「こいつらには言うことを聞いてもらう、でなきゃ排除だ」というジャイアン体質があるようにも見え、今回の章男社長の会見には「さすがにキレた」という感情が見え隠れしているように見えるのは気のせいではないような…?

もっと違う切り口があるはずだ

そんな風に、これまでは「環境規制」という言葉で業界が一方的に押され続けていた感もありますが、「カーボンニュートラル」という概念であれば業界としてもっと違う考え方を提示できるのではないかと思います。

冒頭にでもお伝えしたように、カーボンニュートラルというのはCO2の排出量と吸収量を同じにしようという考え方。

つまり、何もCO2を排出する側だけがその責任を負うのではなく、CO2を吸収する側にもっと頑張ってもらえないかと思うわけです。

これについて私は、2018年の8月のバイクラブフォーラムで、ヤマハ発動機の日髙 社長に

「CO2を排出するからと毎度強化される規制に対応を強いられるのであれば、森を増やすなどの活動を積極的に行い、CO2を吸収することに力を入れてバランスを取ることはできないものでしょうか?」

と直接伺ったことがあります。

それに対し日髙 社長は

「発動機では2006年から2010年にかけて楽器製造と共同でインドネシアに森を植える「ヤマハの森」の取り組みを地元の方々と共に行っていました。

今後も同種の活動は必要だと考えてますのでご期待ください」

と、にっこりとほほ笑みながらお答えくださいました。

実はCO2の吸収にも力を入れている自動車業界

その言葉通り、2018年12月からヤマハ発動機はヤマハ発動機グループ環境計画2050として、製品使用時のCO2排出量、⽣産や物流におけるCO2排出量、資源利⽤のそれぞれについて2050年までに2010年⽐で50%削減を⽬指し、同時にグローバル視点で環境保全と⽣物多様性に取り組むことを発表。

現在も植林だけでなくビーチクリーニング、そして海中においてもサンゴの保護活動など活発な環境保全活動を行っています。

調べてみるとこれはヤマハだけの動きではなく、トヨタも自然環境に対する具体的な取り組みを積極的に行っていて、Hondaも同じように水源森の保全活動をしているほか、規模の大小はあるのものの、日産マツダスズキKawasakiも、国内外で植林を始め生物多様性にも貢献する活動を行っていて、自動車産業の環境に対する責任意識の高さが感じられます。

ただ残念なのは、メーカーのこうした環境に対する具体的な貢献がほとんど社会的に認識されていないということ。

章男社長がおっしゃるように、今後も自動車工業会の皆さんは総力を結集してカーボンニュートラル社会のための技術開発にトライしていかれることと思います。

一方で、「車を作ったら森をつくり、海・山の自然に貢献する」これをちゃんとやっているのが今の自動車業界。


ValiphotosによるPixabayからの画像

そこはやはり、社会的にもっともっとちゃんと評価されるべきでしょう。

これまで通り、乗り物づくりに対する数値的な規制を強化するとしても、それでどれだけカーボンバランスがニュートラルに近づいたのかというのが判らないのであれば、政府もいたずらに自動車業界をゴールのない競争に駆り立てるだけになってしまいます。

今後は自動車生産で排出されたCO2量と、環境に対する活動でそれをどれだけ吸収することになるか、これに数値的な指標を与えながら天秤にかける仕組みを設けて、その割合をニュートラルに近づけるという方がわかりやすいのではないでしょうか。

この考え方であれば、EV/HV/FCVへの移行が困難な軽自動車やバイクなどについては内燃機車OKとすることも考えられます。

「プロダクツ・エフォート(工業努力)&エンバイロメント・セービング(環境保全)を一対とした評価基準」

日本でこれが確立されれば、環境保全関連の雇用や地方創生にとってもプラスになり、環境政策を考える世界の国々にガソリン車禁止とEV化以外の選択肢を示すグローバルモデルにもなると思います。

反対に、政府が自動車業界に努力を強いて丸投げするだけで各省庁が連携もせず、森や海の保全事業をモノづくりと一対のものとして視野に入れないのであれば、カーボンニュートラル社会など所詮「絵に描いた餅」になってしまうでしょう。


TumisuによるPixabayからの画像

ガソリン車さえなくなって、EVになれば環境は守られる?

そういった報道があるとするならば、それがいかに浅いのかもうお分かりですね。

これからは、ガスを排出することだけではなく、ガスを吸収してくれる森や海を元気にすることをセットで考えていく時代。

例えば、バイクを買うとメーカーの森に記念の樹が植えられ、毎年その木に会いに行って実がなればその収穫を愉しむようなツーリングをメーカーが主催したりする?

そんな楽しい企画があるなら、今のバイクを買い換えてもいいかもしれないですね。


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